« 第2子誕生 | メイン | 日本を愛して生きた先人 »

2007年09月25日

●アジア社会

8月中旬からミャンマーで起こった反政府抗議運動は、9月に入ってから規模が拡大し、軍隊との衝突が起こってきた。

今回の抗議運動に際して、今年3月に青山通りを歩いているときに日本在住ミャンマー人の方々によるデモ運動に遭遇したことを思い出した。

200703myanmar_demo.JPG
 
 
学生時代、海外を放浪旅する中で、アジアのほとんどの国は訪れた。

ミャンマーもその国々の中の一つで、2週間かけて1周した思い出深い国だ。

軍事政権国家で民主主義政治ではなく、アウン・サン・スー・チーさん軟禁で批判を浴び経済制裁も受けている国だが、そこで暮らす人々は従順な仏教徒でとても心暖かく、世界で最も日本人に近い国民性を持ち合わせている人々であると感じた。

今後、日本の高齢社会が進み、労働力減少の解決という面で移民政策が為されるのであれば、ミャンマー出身の人々が最も日本人に受け入れられやすいのではないかと思う。

そうした穏和な人々が積極的行動に出るとき、その背景には説明するに難い諸々の積もり積もった問題がある。

一刻も早くミャンマーの人々にとって良い体制になり、経済制裁なども解除されて、早くアジア社会の一員として復帰して欲しいと願うばかりだ。
 
 
世界のどの地域にも言えることだが、アジアには複雑な問題が山積みである。
 
19世紀から始まる帝国主義を受けて、その列強諸国の利権政策により分断され、その中で20世紀に日本はロシアの南下政策から自国を守るために日清戦争・日露戦争を経て自らも列強入りし、それがエスカレートして米国からの圧力に対抗するため太平洋戦争へと突入し、その戦いの舞台としてアジア諸国が巻き込まれた。

20世紀後半は、アメリカを盟主とする資本主義陣営とソ連を盟主とする共産主義陣営の戦いにより、朝鮮戦争やベトナム戦争が起こり、カンボジアでポルポト政権による動乱に代表される国内問題が起きたりと、まさに戦争の1世紀を経験した。

戦争を手段に用いてしまえば、その主張する正義は当事者それぞれの正義に過ぎない。そして結果的に勝者が正義となってしまうのだが、それは全て利己主義から出たものだと思う。
 
自分たちの主義は正しい、自分たちの宗派は正しい、自分たちの民族は正しい、こうした利己的思い込みが戦争を正当化させ、人間を盲目にする。
 
大体の戦争は、当事者となる国の一部の権力者によって引き起こされるもので、最大の犠牲者は巻き込まれる民衆、そして特に無力な子供達であると思う。
 
 
21世紀は20世紀の過ちを繰り返してはいけないし、逆に諸々の問題を一つ一つ解決(歴史上の禍根は消えないが前に向けての新たな一歩の積み重ねが必要だ)して、より良い社会の発展へとつなげていかなければならない。

アジア社会の一員としての日本は、確かに経済面(それを支える技術力や諸々のインフラ)ではアジア諸国に貢献できる力があると思う。

しかしながら、アジア諸国やそこで暮らす人々への理解(理解しようとする姿勢)そこで起きている諸問題への関心という面では、まだまだ十分とは言えない。

実際、これだけ海外旅行が身近になり、各国料理のレストランも人気でありながら、その背景にある文化や人への関心はとても薄い。
 
これから日本という国そして日本人が、国際社会に貢献し共に成長していくためには、まず近隣諸国からなるアジア社会に対する理解が欠かせない。

このままだと、どれだけ欧米諸国との関係を深めようと必ず孤立してしまう。

自分自身、日本のため、そして結果アジアのため世界のためになるようなことを、身近なところから周りの仲間と共に活動していければと思う。


 
 
学生時代、アジア諸国を旅して回って現地の人々にとても温かくして頂いた。
 
ミャンマーで何度も通った食堂で世話を焼いてくれたお姉さん、ひとり寂しく屋台で飲んでいたら宴会に交ぜてくれたベトナムのお兄さん達、最終列車で町の駅に到着し暗闇の中を途方に暮れていたらバイクの後ろに乗せてくれ宿まで送ってくれた中国の親父さん、数え切れない程の優しさと親切に出会った。
 
少し企業宣伝にもなってしまうが、そうした恩返しの意味合いも兼ねて、日本で暮らすアジアの人々の留学生活や仕事をサポートでき、かつそれが日本人(社会そして企業)のアジア理解につながればと思い、グループ子会社である株式会社ヒューマネイジアで在日アジア人の方々に情報提供が出来るコミュニティサイトを立ち上げた。
 
 
Asineer(エイジニア)
 
Workinasia(ワーキネイジア)
  
Campusasia(キャンパスエイジア) 
 
 
日本で暮らすアジア出身の方々の情報交換や交流に役立てて頂き、そして我々として企業活動を通して生活やキャリアの面で役に立てればと思う。

来年には英語版と各国語版に言語対応させて、日本在住という範囲を超えてアジア全域の人々に利用してもらえる情報サービスを提供出来ればと考えている。
 
 
 
これらを作ってくれたのは袁(エン)さん。
 
中国の理系分野における大学としてトップクラスの名門・上海交通大学の出身で、無理難題を受けながらも、いつも笑顔で実現してくれるITエンジニア。
 
 

 
 
今日は上記サイト構築の慰労会ということで、袁さんに「昭和の日本が感じられる店にお連れします」と『おか吉』に飲みに行った。
 
「中国では相手が潰れるほど飲んでもらわないとホストとして満足させたことにならない」と、ある意味間違った文化説明を持ち出し、次から次に袁さんに酒を注ぎ、2人でかなりの本数の日本酒を熱燗であけたのだが、こちらが潰れて終了。
 
潰れたまま帰りの電車で寝てしまい、降り過ごして目が覚めるや僻地の駅。そこからタクシーで帰る羽目になった・・・。
 
 
袁さん、遅くまでお疲れ様でした。
 
一緒にアジアを盛り上げていきましょう。

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://tomosoeda.net/cgi/mt/mt-tb.cgi/109

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)