●匠(たくみ)
世の中には「匠(たくみ)」と呼ばれる方々が居る。国語辞典(「大辞林」/三省堂)によると、意味は「すぐれた技術をもつ人」。
しかし、工業化大量生産の煽りから、現代では匠の存在感は低下し、日本に至っては中国生産品の輸入増加そして後継者不足という問題が深刻化している。
前回、『職人(しょくにん)』という題で書いた時も“ものに込められた温かみ”について触れたが、そうした温かみあるもの、それを生み出す技術を後生に伝えていくことも、現代に生きる我々にとって必要なことではないかと思う。
今日は九州出張で福岡県の大牟田へ。一族でシャツを作り続けること70年という迫田宗左衛門さん(三代目)を訪問。
初代迫田宗左衛門氏が大阪本町にテーラーとして店を構えたのが1930年。その技術の高さから財界の大物達が常連となり、こぞって高級シャツを身につけていたという。
迫田さん(三代目)がシャツを仕立てた方として有名なのは、大阪有線(現USEN)の宇野社長(先代)や日本を代表するジャズピアニスト小曽根真氏。
近年になって三代目が福岡の大牟田に拠点を移転。今も素晴らしい技術が込められたシャツを作り続けている。
迫田さんが作り上げるオリジナルのシャツ『ZUNBANA(ズンバナ)』は、その質の高さと肌触りから、一度身に付けるとやめられなくなる程の代物。
先日、『AERA』に取材して頂いた際も、自分が着ているシャツについてお話させて頂いた。
アパレル業界の裏事情を知るようになってから、個人的に工場大量生産品は身に付けられなくなってしまった。消化率から損益分岐点を計算し、そして原価率を設定してしまうという、低い原価ありきの価格設定方法。
上質の素材に加えて、職人の想いそして高い技術と手間、それが“本物”(=本当の物)。自分はそういう物を身に付けたいと思う。
迫田さんと初めてお会いしたのは今年の春のこと。考えに共感し、シャツへのこだわりや技術に惚れ込んだ。
今回の出張は、実際にシャツを作っている現場を見学させてもらうことと、そして今後のZeelでの展開についての打合せ。
大牟田へは11時過ぎに到着したので、昼食に御誘い頂いた。
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迫田さんが用意してくれた席(羽生棋士の対局などに使われる地元の有名料亭)
『ZUNBANA(ズンバナ)』の名の由来は、職人が使うミシンで一番の要である部品、つまり神聖なものから来ている。
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迫田さんも2つしか持っていないという「ズンバナ」
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こうした職人が使うミシンの部品も、一つ一つがまたその専門の職人による手作りで、その職人もまた減っているという
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2人で話すこと、なんと8時間
迫田さんは昔からの友達も服作りに関わっておられる方が多く(『EVISU』の山根氏もその1人)、色々な方面での人脈も幅広い。
迫田さんのシャツに対する想いやこだわりは尊敬に値する。これが「匠(たくみ)」の真髄なのかもしれない。
最後にZeelで紹介させて頂いている迫田さんの言葉をご紹介。
私の一族がシャツ作りを職業とするようになって、はや、70年が過ぎようとしています。
その歴史というものは、戦前そして戦後の高度成長期に重なって「別注(一枚作り)から大量生産へ」の歴史でもありました。私の父も生粋の職人でありますが、その人生の大半を「良い物をより大量に効率よく」に費やしてまいりました。まさに”時代“であったのでしょうか。
一職人というモノ作りへのこだわりをもった「ヒト」に立ち帰って考えてみれば、量産するための流れ作業ラインはその「ヒト」を捨て、主張を避け、ロボットと化すための作業でもありました。
一人前になるまでに何年もの歳月を費やしてようやく一枚のシャツを縫い上げられるところを、各工程に細分化し、誰もが比較的簡単に縫えるよう作業を簡素化していくことは作り手にとってまさしく自分自身の原点の放棄であったように思います。
その時代にあって職人達は、欧米から伝えられた独自に積み上げられたシャツ本来の意味を、本来の技術を量産化するために1つ1つ削り取ってまいりました。もちろん、量産化をする故に発展した技術もたくさんあります。世界に誇る日本の服飾機器メーカーと供に作り上げた合理化ライン、それを生かすための機材、アタッチメントに至るまで、今や日本式量産化ラインは世界の標準といっても過言ではありません。
しかし、量産化を一身に進み、それらを成し遂げた我々の業界は『大量に作ることは悪』というような時代を漂っています。それは我々作り手がアイデンティティーを捨て、量にこだわり、心のない「シャツに似たシャツ」を作り続けたことへの結果なのかもしれません。
私は日々作業を進めていく中あらゆることを疑問に思いました。そんな折、工場にある数千の型紙に、量産化以前の古ぼけた型紙の一つに出会いました。その型紙には今まで知ることもなかった縫い方、そして試着する者への気づかいなど、私にとってそれは衝撃そのものでした。
その時より2年半の歳月をかけ、世界の名だたるシャツを買ってはほどき、型紙を作り、研究し、300余りの試作品を作り、今日の『ZUNBANA(ズンバナ)』となったのです。量産では作れない型紙と縫製、シンプルに無駄を省き、芯地、釦、衿型と1つ1つの意味を噛み締めるように作り上げました。
かつて、英国のスペンサー卿は、紳士の条件として「最上のシャツを幾枚も持っていること」と言ったそうです。ハードボイルドいう言葉そのものも、シャツの衿型をきめるためにつけた糊が熱湯(ハードボイルド)でしか落ちなかったためにできた言葉だそうです。「たかがシャツ」がしっかりと欧米のジェントルメンカルチャーの一翼を担っているのには驚かされるばかりです。
日本で近代シャツの生産が始まって100余年。一職人の「たかがシャツ」へのエゴとは重々に承知しておりますが、「そろそろ日本の紳士文化の末席に“本物のシャツ”へのこだわりを加えたい」という私の思いを込めてシャツを作り上げました。
日本には世界に誇れる技術とこだわり、そしてそれを持つ匠(たくみ)。
微力ながら自分がそれを伝える一助になれればと思う。






