人の判断において欠かせないもの、それは情報。いかなる瞬間であろうと誰もが必ず情報をもとに判断を行い行動を選択している。
しかし人は判断の前に情報を取捨選択する必要があり、更にはその情報が本当に正しいものなのかどうか考えてみる必要があると思う。
現代社会において、情報は過多。
必要な情報をタイムリーに得るために「RSS(Really Simple Syndication)」というツールが広く使われるほど。
しかし、『百聞は一見にしかず』でいうと、我々が日々得ている情報の大半は『聞』。
つまり、人やマスコミを介して得られる情報であり、それを全て正しいものと信じていると、判断を誤る可能性は否定できない。
例えば、イラク戦争においても米国マスメディアが取り上げた女性兵士救出劇、フセイン像を倒す群集(実は周りにはほとんど人がおらず、一部の人員が倒していただけとのこと)などは情報操作の例。
日本でも、戦時に新聞やラジオの好戦況ばかりを見聞きしていた国民は、突然の敗戦に驚くという有り様。現代でもテレビ制作の上でのやらせが判明し、視聴者に謝罪するというケースが相次いでいる。
情報の正否を判断するのは誰もが持つ責任。最近常々そう感じることが多い。
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今日はアメリカから来日している友達を連れて東京をアテンド。
朝、渋谷で待ち合わせて合流。2年ぶりの再会。
「銀座を見てみたい」と言うのでとりあえず直行。
街を散策した後、要望を受け「Sony Building」へ。最近は業績低迷が続いているが、SONYブランドは健在。洋平(モバイルファクトリー取締役)の嫁さんがショールームで仕事しているので立ち話。
そして外国人観光客といえば定番、浅草へ。
仲見世で雷おこしや焼き煎餅をつまみながら浅草寺で参拝。

お昼は「もんじゃ焼き」。昼間からビールも頂く。
粉と具を混ぜて後は客に作らせるという、人件費が少ない画期的なビジネスモデル。「アメリカで “○○'s monja” という名前でチェーン展開するか」という話になる。
午後は表参道から原宿へ。アメリカ人の特に若い連中はこういう雰囲気が好きそう。
その後、明治神宮前を通り代々木公園へ。「N.Y.でいうセントラルパーク(たぶん・・・)」と適当な説明をする。
夜は再び渋谷へ戻り夕食。

日本といえば、とりあえず寿司。
ウニが珍しかったようで、結構気に入った様子。マグロ赤身、中トロ、大トロの説明が難しく、とりあえず全て食べさせる。
夜の渋谷で食後の散歩。
ふらりと立ち寄った「BOOK1st.渋谷店」で『TIME』を立ち読み、そしてある事実が判明。
"Who's he?" と指差されたのはジェンキンスさんの記事。
「え、君達の国の人でしょ・・・。日本では一番有名なアメリカ人よ(たぶん・・・)」
アメリカでは外交的にも重要参考人であるはずなのに、知られていないのだろうか。もしかして、軍における脱走を助長しないため、ここでも情報の隠蔽が行われているのか。
とりあえず、ジェンキンスさんが何者なのか、北朝鮮に渡った経緯、そして時の人となった理由、日本政府の救出劇、アメリカ政府の対応、これらを「なぜ日本人がアメリカ人にアメリカ人のことを説明しなきゃならんのだ」と思いながら説明。
日本にとっては北朝鮮との日本人拉致問題は重要な外交課題。
多少なりとも北朝鮮の内情は知っておくべきだと思う。

『告白』(チャールズ・R・ジェンキンス)
ジェンキンス氏という一個人のフィルターを通して見た北朝鮮の姿なので、先に挙げた“情報の正否と取捨選択”の通りこれが全てではないが、数少ない体験者の声であるので北朝鮮という国の一つの側面を垣間見るには十分な良本。
インターネットで世界中の情報が誰でも平等に得られる情報時代。
その分、情報に対する個人の責任は大きくなっているのかもしれない。