« 2005年04月 | メイン | 2005年07月 »

2005年06月25日

●イタリア出張記 その4 -ローマ

『Rome wasn't built in a day.(ローマは一日にしてならず)』

かつて長きに渡り栄華を誇ったローマ。紀元前の古代ローマの時代から、19世紀に神聖ローマ帝国が終焉するまで、その歴史の中心として文化や経済そして政治の分野において世界に影響を与えてきた。
 

 
フィレンツェに別れを告げ、ユーロスターで首都ローマへ移動。

車内ではひたすら契約書の読み込み。
 
 
昼にローマ到着。ホテルでチェックインを済ませ、近場で昼食。
 
 

 
 
昼食後、シャワーを浴びてスーツに着替える。タクシーに乗り込み、現地イタリア企業を訪問。

去年の夏から詰めてきた業務提携の最終段階。ビジネスのスキームおよび契約内容のすり合わせ。

英語で話すのは脳が疲れる。

お互いの方針は一致しており、とてもうまくいきそう。早期の契約締結につなげたい。
 
 
 
夕方16時、今回のイタリア出張における仕事が終了。

明日早朝のフライトで日本に帰国するため、最後に少しだけ観光をすることに。
 
尾関氏の提案でヴァチカン市国へ。
 


サン・ピエトロ広場
 
 

カトリック教徒の総本山、サン・ピエトロ寺院
 
 
その後、タクシーで一路コロッセオへ。
 

 
日は照っているが夜20時前。既に閉まっており、残念ながら中には入れず。
 
 
最後の晩餐は地元のピザ店「Alle Carrette」へ。
 

アスパラガスのピッツァ(待望の一切れ目を下に落とすという惨事に・・・)
 
 
食後の運動と観光を兼ねてホテルまで歩いて帰ることに。
 
 

市街に残る古代ローマの遺跡
 
 

コインを投げるとローマ再訪が叶うと言われる「トレヴィの泉」
 
 
背中を向けて後ろ向きにコインを投げなければならないのに、何も知らずに最後の一枚の硬貨を普通に投げ入れてしまう。

尾関氏に硬貨1枚恵んでもらい後ろ向きに再投。

またローマに来れますように。
 
 
ホテルに辿り着く直前、アルゼンチン人のおじさん2人組に道を尋ねられ、歩く方向が同じだったので話がてら一緒に歩く。が、サッカーの話をすると大変なことに・・・。
 
「ビール一杯だけ付き合え」と強引に誘ってくるおじさん達2人・・・。既に無理矢理連行されかけている尾関氏(「有名IT社長、ローマで誘拐未遂?」)・・・。
 
 
とりあえず難は逃れ、ホテルに到着したのは夜24時前。
 
全ての日程が終了。お疲れ様でした。
 

2005年06月24日

●イタリア出張記 その3 -フィレンツェ最終日

フィレンツェに来て感じたことは、ファッションが個々人の生活に溶け込んでいるということ。

単に「お洒落」と表現するより、「個性的」という言葉の方が相応しい。個性という内面の表現としてのファッションという外面、皆がどこかに個性を表現しているように思えた。

 
 
フィレンツェ3日目。

Pitti Immagine Uomo」は明日までだが、明日はローマへ移動するので自分にとっては最終日。
 
 

イタリア国内500ブランド、海外200ブランドが参加 
 
 

会場に入る門
 
 
まだ接触できていないブランドを中心に見て触りながら展示会場を歩く。
 
今日は一層の灼熱太陽でスーツの中はサウナ状態。しかしイタリア人に負けるわけにはいかず、とにかく耐える。
 
 

会場内特設「Pitti Club」での昼食(無料)
 
 
午後、商談中に伊藤忠時代の同期と偶然の再会。
 
上海に駐在しているので日本で会う機会が無いが、イタリアの地で再会できるとは奇遇。元気でやっているようで何より。
 
 
一通りの商談が終わったので、展示会が終了する前に、1時間ほど早く切り上げて町を歩く。
 
フィレンツェを一望しようと、町のシンボルであるDuomo(ドゥオモ)の隣に建つ鐘楼Campanile di Giottoに登ってみることに。
 
 

フィレンツェの町並み
 
 

1345年に造られた橋PonteVeccio(ポンテ・ベッキオ)
 
 

ポンテ・ベッキオの橋上にて
 
 

夕食はお馴染みIZREELファミリーとフィレンツェ最後の晩餐
 
 
フィレンツェでは色々な人と出会い、また色々なブランドに触れることができ、今後の事業展開の上での素晴らしいきっかけとなった。
 
今後の発展に活かしていきたい。
 
 
明日はローマへ移動して現地企業との事業提携の話。
 
契約書(英文)を読み込まなければ。

2005年06月23日

●イタリア出張記 その2 -ルネッサンスの町

フィレンツェは15世紀に開花したルネッサンス発祥の地。

当時の世界への影響だけでなく、現代イタリアがファッションの国たる土台となっているに違いないと思う。
 
フィレンツェ2日目。
 
 

朝食前にアルノ川のほとりを30分ほどの散歩


朝食後、ファッションジャーナリスト日置さんをホテルへお迎えに。



日置さんのホテルは街の中心にあるので眺めは格別
 
 
 
展示会では様々なブランドの服を見て触り、色々と学ぶところが多い。

数多く見ていると感覚的にどういうものが良いのかが分かってくるから不思議である。



展示会での商談の図
 
 
 
夕方は御招待頂いたSalvatore Ferragamo(サルヴァトーレ・フェラガモ)のショーへ。



照明、そして音楽。空気全体が一つの芸術作品として心に響いた。通り過ぎるのは一瞬でも、それを形にするためのデザイナーさんの努力を考えると、その一瞬一瞬が貴重に感じられる。
 
 
 
夜はIZREELファミリーの面々と夕食(2夜連続)。



相変わらず元気なお父さん(FEN社長の西村さん)


今日はBROOKLYN(ブルックリン)の草ヶ谷くん(左3番目)も参加。
 
  

絶品「トスカーナ牛ステーキ炭火焼」
 
 

何故か独占状態で平らげる
 
 
気温37℃の中スーツでふらふらになるまで歩き回って、ようやく辿り着いた夕食。

人一倍食べて明日に備える。

2005年06月22日

●イタリア出張記 その1 -フィレンツェへの道のり

学生時分から色々な国を歴訪(放浪)してきた。欧州ではイギリス、フランス、チェコ、ポーランドだけは訪れたことがあるが、イタリアは未知そして一度行ってみたい国だった。

未知の国に対してはイメージしか持てない。イタリアに関してはパスタとワイン、そしてファッションの国というイメージしかなかった。

成田発のエールフランス航空パリ行に乗り込み、飛ぶこと13時間半。シャルル・ド・ゴール空港で5時間待ち、パリ発フィレンツェ行で飛ぶこと2時間。



朝食@シャルル・ド・ゴール空港(初めてのユーロ使用)


機内と空港での待ち時間は、米国の鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの哲学を体系化した『思考は現実化する』(ナポレオン・ヒル著)を読む。カーネギーの依頼を受けたヒル博士が自分の人生を捧げてまとめ上げた名著である。

午後、フィレンツェ到着。1年半近く英語を喋っていなかったので、久々に英語を使うのも少し心地いい。ホテルでチェックインを済ませ、『Pitti Immagin Uomo』へ。Pitti Immagineが主催するメンズファッション世界最大級の展示会。

気温は37℃近く、21時近くまで日が照っており、スーツを着て歩き回るのが相当辛い。イタリア人男性はきちんとジャケットを羽織り、何食わぬ顔で歩いている。ビシッとネクタイをしている人も多数。ファッションは我慢比べと言ったものだろうか、日本人として負けられない。

夜は展示会に出展されているIZREELの高倉さん&邨田さん、そして応援に駆けつけているFEN社長の西村さんと小林さんと近場の中華料理店に行き、夕食を御一緒させて頂いた。

高倉さんと邨田さんはいつも温かい。一緒に仕事をしていて利害抜きでお役に立ちたいと思う方々。その周りに集まる人は皆素晴らしい方達ばかりである。


明日から本格的に商談開始。

何か新しいきっかけが生まれることに期待したい。

2005年06月12日

●旧友(きゅうゆう)その3

野球やサッカーに代表されるスポーツ選手にも顕著に見られる通り、自分のフィールドを海外に求める日本人は珍しくなくなった。

自己のフィールドのレベルが高い国へ、自己の限界への更なる挑戦を求めて海を渡る人が増えることは素晴らしい。イチロー選手のように日本人が海外で活躍してくれることは日本国民にとって大きな励みになると思う。

かたや、青色LEDの生みの親である中村修二氏(米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授)のようなケースが増えることは、日本にとっては大きな損失だろう。

記者会見の席で中村氏が述べた「これだけの発明をして6億円。やっぱり日本は文系社会。個人を重んじず、大企業に『滅私奉公せい』というシステムだ。実力のある理系の人は米国へ来るべきだ」という言葉は、日本社会が切実に受け止めなければならない言葉だと思う。

政策によっては賛同できない側面もあるが、アメリカが様々な分野において世界でこれだけ大きな存在感を発揮できているのは、世界中から才能を集めることに成功しているからであると思う。

才能は当然国の財産であり、その財産が日本から流出していることは否めない。海外に流出していた才能を再び自国に呼び戻そうと躍起になっている中国の姿を見て、日本は他人事ではなく将来自国に起こりうる事であると認識する必要があるのかもしれない。


今日は高校バスケ部の友人が5年ぶりに日本に帰国したので、久々に会った。

再会を祝して昼間から渋谷のアイリッシュパブへ。


ヨコ(本名:横前)。

高校卒業後は航空宇宙工学を学ぶため渡米。テキサス大学大学院を卒業した後、そのままエンジニアとしてアメリカで仕事をしている。

大学時代もテキサスに遊びに行かせてもらったし、彼が仕事で移り住んだデトロイトにも去年立ち寄ったので、なにかと会ってはいる。

去年の秋に現地で結婚し、今はオハイオ州が拠点。

異国の地でも元気に頑張って欲しい

2005年06月04日

●先輩(せんぱい)

中学、高校、大学、社会人を通していい先輩達に恵まれてきた。

分からないことを見よう見まねで色々と学ばせてもらったり、相談にも乗ってもらったりした。困った時に手を差し伸べてくれる存在でもあった。

そんな先輩達は、昔も今も変わらず気を掛けてくれる存在であり、感謝してもし尽くせない。

先輩達が「あいつの面倒を見てやってたんだ」と、周りに胸を張って言えるような立派な人間になることで、少しでも恩返しができたらと思う。


今日は大学時代のゼミ飲み会。といっても、もともと関西拠点であり結構みんな全国ばらばらなので集まれたのは4人。


あだち姐(ねえ)さん。
 
美人だが堅気に見られたことは一度もない。
司法試験に合格して、一応今は検事を目指す法律家の卵(司法修習生)。


IZREEL」CFOの工藤さん


同級生の岡村さん(左)。見境無く寿司を大量に注文した安達姐さん(右)。


頑張っている先輩達の姿を見て、「自分も頑張らねば」と改めて思った。