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2005年02月23日

●倭僑(わきょう)

学生時代から各国を放浪してきて一番お世話になったのはチャイナタウン(中華街)である。
 
1泊200~300円の安宿(先進国では1000円前後で16人部屋ドミトリーなど)に泊り、濁った水であろうとたとえ虫であろうと食べてきたが、日本人として当然日本食の味に慣れているので、たまには日本食が恋しくなる。
 

しかし海外でまともな日本食にありつくのは至難の業(たとえ見つけたとしても、まともな店は値段が高い)であるため、そのような時はいつもチャイナタウンにお世話になってきた。ほぼどの国に行っても中華料理店は存在し、そして安くて味もまともであった。
 
そこでいつも感心させられたのが、中国系の人々がどこの国に行っても存在し、そして更にその値で商売(ビジネス)を行っていることである。このような人々は「華僑(かきょう)」と呼ばれ、ユダヤ人と並び世界経済で大きな力を持っているらしい。
 
「華僑」を辞書で調べてみると、以下の語意で載っている。
 
長期にわたり海外に居住する中国人およびその子孫。東南アジアに多く、経済的に大きな影響力をもつ。〔「華」は中国、「僑」は仮住まいの意〕
 
日本でも横浜や神戸の中華街に見られるように、そのネットワークは大きく、「人」と「金」そして「情報」が密接に結びついている。N.Y.のチャイナタウンを見れば分かるように、その地域一体が別の国のごとく存在している。
 
こうした光景を目にする中で、何故これだけの力を持つ華僑というものが存在するのに、「倭僑」(倭:古代日本の称)というものが存在しないのか疑問に思うようになった。
 
昨年シリコンバレーに行った際、サンフランシスコのダウンタウンに日本人町(Japan Townと地図に表記されている)があったので、興味をそそられ近くのホテルに滞在したが、日本人町とは名ばかりで店(日系企業駐在員のための鉄板焼屋やカラオケ店など)が数軒あるだけであった。結局、車でチャイナタウンに行き、その違いに心を打たれたのを覚えている。
 
日本人もかつては世界へ出て各国の現地に「日本人町」を築いた時代があったが、キリスト教が広まることにより農民が武士に反乱を起こすことを恐れた江戸幕府が鎖国令を発することで、各国の日本人町は廃れていったという歴史がある。皮肉にも現在UNESCO(ユネスコ)世界遺産として有名なベトナムの古都ホイアンは、かつて日本人町として栄えたが、鎖国政策の後に華僑の人々が住み、建造物群は和洋折衷ならぬ「和華折衷」となって残っている。
 
 
今日、午後からJETRO(日本貿易振興機構)の『シリコンバレー・ベンチャービジネスセミナー』に参加した。13:30~19:00という長丁場。
 
最初にシリコンバレーの概況をテーマにしたセッションがあり、雇用者数や人口構成、そしてVC投資ファンド額の推移や起廃業社数といった経済的指標の分析をもとに、シリコンバレーの特徴やビジネスについて説明がなされた。
 
そこで挙がったトピックに「シリコンバレーはIC(India&China)で創られている」(シリコンでICチップが作られることを文字った風刺)というものがあった。実際、優秀なインド系・中国系の人々がアメリカに渡り、シリコンバレーの社会でビジネスを牽引している。
 
以前、アジアITビジネス研究会主催の『インドIT産業の現状』というテーマのセミナーに参加した際、インド人IT技術者の方がインド人のビジネス動向について話しておられた。その方は子供のころから早朝4:30に起きて深夜まで勉強していたそうであるが、今やインドではそういう人が多いらしい。試験で1点違うだけで、同じ点の競争相手が数十万人というインドでは、優秀なエンジニアになるべく良い大学に入るために必死であるらしい。皆、インド工科大学を目指すらしいが、更に優秀な人はアメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)やスタンフォード大学に入り、アメリカでそのまま現地のビジネス社会に溶け込んでいきインドには戻ってこないそうである。この話を聞いた時、何が正しくて何が間違っているというわけではないが、日本人が豊かさと引き換えに失ったものも大きいことを実感した。
 
ではシリコンバレーで活躍するインド系・中国系の人に比べて、日本人はそもそも絶対数が少ないのだが、一体何をしているのかということを表していると思える統計が今日のセッションで見られた。
 
<米国におけるVC企業数 国別ランキング>
1位・・・アメリカ
2位・・・ドイツ
3位・・・イスラエル
4位・・・カナダ
5位・・・イギリス
6位・・・日本
7位・・・スイス
8位・・・オランダ
9位・・・フランス

<米国でVC投資を受ける企業数 国別ランキング>
1位・・・アメリカ
2位・・・カナダ
3位・・・イギリス
4位・・・中国
5位・・・フランス
6位・・・イスラエル
7位・・・スウェーデン
8位・・・ドイツ
9位・・・インド

 
つまり、ここでも国連の日本人職員が少ないという問題と同様、「金」は出すが「人(企業)」は出さないという構図になっている。日本人ビジネスマンも居ることには居るがそれは日系企業の駐在員で、2~3年したら日本に帰っていくのだそうだ。(参考:「シリコンバレーの日本人生態系」)
 
 
そのような中でシリコンバレーで活躍されている数少ない日本人起業家である、曽我さん(Improvista Interactive Music, Inc.会長)そして荒川さん(Security Management Partners, Inc.社長)のお二人から今日のセミナーでお話を伺うことが出来た。
  
曽我さんは在米歴14年で、以前アイデアを基に資金を集め、そして現地で優秀なパートナーを見つけてSpruce Technologies, Inc.というDVD技術の会社を立ち上げてディズニー社などを相手にビジネスを展開、そして2001年にアップルコンピュータ創業者のスティーブ・ジョブスとの話し合いを経てアップル社に会社を売却。現在はモバイルの領域での音楽技術事業を手掛けるImprovista Interactive Music, Inc.を経営。
 
荒川さんは外資系コンサルティングファーム出身で、光通信の米国法人COOなどを経て、現在の会社であるSecurity Management Partners, Inc.を起こされ、日本の技術やサービスをアメリカで展開する事業をされている。面白かったのが「日本の高級老舗旅館をナパバレーに創る」という事業。確かに米国人が喜ぶ日本ならではのサービス事業だと思う。
 
お二人からは実体験に基づいたシリコンバレーにおける事業環境について色々とお話をお伺いすることが出来た。人や資金の集め方、見落としがちなリスクヘッジ(特に訴訟保険)など、とても参考になるお話だった。
 
セミナー後、お二人から「シリコンバレーで挑戦しましょうよ」と言われた。近い将来、その日が来ることを念頭に置きながら、今の事業を成功させて、そして次なる挑戦へとつなげたい。
 
 
 
先日、華僑の友達の楊(ヤン)くんから創業の挨拶が届いた。NetAsia(ネットエイジア)という会社を創ったらしい。しかもオフィスは六本木。
 
彼とは2年前に中国ビジネス関連サイトの掲示板を通じて知り合い、初めて会ったのは(初対面なのに)何故か東京ドームでの巨人戦に彼に誘われて見に行った時だった。スタンドで2人とも野球そっちのけで議論をし、試合が終わった後もドームの近くのファーストフード店で議論し合ったのを覚えている。試合は全然記憶にないが、その日のことは多分忘れないと思う。
 
あれから2年。当時は2人とも普通にサラリーマンだったのに、時の流れは速いものでお互いにスタートアップの創業ベンチャーを経営。よきライバルでありよき友として、お互いに将来の夢の実現に向けて一緒に頑張りたいと思う。
 
 
そして将来、華僑に負けないくらいの「倭僑(わきょう)」ネットワークを世界に築きたい。
 

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