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2005年01月23日

●ベンチャー

 Venture(ベンチャー)という言葉の意味は、英和辞典的に訳すと「冒険的事業」であるらしい。
 
 ごく自然にこのベンチャーという言葉を使っていたので、こうして改めて日本語訳的に見てみると「冒険」と文字にロマンを感じる。
 
 
 世間一般では「ベンチャー」=「危険」という図式でとらえられがちだが、それは人それぞれの価値観によるのかもしれない。
 
 おそらく、よく言われる「危険」=「倒産するかもしれない」→「生活へのリスクがある」というとらえ方には、『生活の安定性』 を重視する価値観からきているのが一般的だと思う。
 
 対して、ベンチャー事業を営む人の価値観は、『社会に新しい価値を生み出したい』 とか 『一度きりの人生、これを成し遂げたい』 という想いに象徴されるのではないだろうか。
 
 当然、「冒険」には世間一般で言われる『リスク』が伴うが、それはスポーツ選手が怪我をするリスクや、車で出かける際に交通事故に遭うリスクと同じで、何事にもリスクは付きもの。つまり、リスクの無いことだけをしようとすると、何も出来ないことになってしまう。

 人は物事を判断する際に、「得られる価値」と「起こりうるリスク」を天秤にかけて、前者が勝った場合に行動に移すのではないかと思う。 
 
 
 処罰されるリスクを犯しながらも脱藩し、大政奉還の立役者となった坂本竜馬が残した以下の言葉がある。

「何でも思い切ってやってみることですよ。どっちに転んだって人間、野辺の石ころ同様骨となって一生を終えるのだから。」 
 坂本竜馬にとっては、成し遂げたい夢への熱い想いの方が、処罰されうるというリスクより勝り、また封建的社会の中で自由を奪われた郷士としての人生を送ることが一番のリスクだったのだろう。
 
 
 企業についても、古くは先に挙げた坂本竜馬が起こした日本初の株式会社である「亀山社中」(後に「海援隊」に改編)に始まり、今では日本を代表する松下電器やソニー、トヨタ自動車、ホンダといった会社も始まりは小さなベンチャー企業であり、創業者が自らの想いを実現するために行動した「冒険」の結晶である。
 
 社会において人々の生活における企業の役割は大きく、その企業そのものを作り出すベンチャー起業家は社会にとって必要不可欠と言える。
 
 ベンチャー企業のための創業環境が日本より整っていると言われる米国では、一度失敗しても二度、三度と会社を立ち上げる起業家が沢山いる。たとえ転んでも再起できるように個人財産の保護が法律で守られており、また挑戦する行動自体を称え、そして成功者には賛辞をおくる土壌があるようにも思う。
 
 日本では挑戦して失敗した人には再起のチャンスが少なく、また成功者にはねたみや批難が浴びせられることが多いということをよく耳にする。
 
 新しい価値を生み出そうと挑戦しているベンチャーに対する人々の理解と応援が、我々日本人にとってもっと必要なのかもしれない。
 
 
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 昨夜は『ベンチャー通信』の明石くん主催の会合で渋谷へ。
 
 集まったのは以下の9名+自分で、全員で10名。

 

・明石くん (NPO法人ベンチャー通信 代表理事)

・松田くん (有限会社ストーリアム 代表)

・森くん (株式会社エデュ・ファクトリー 取締役)

・植島くん (株式会社ドリームキャリア 代表取締役社長)

・池本くん (NPO法人創業支援工房フェイス 代表理事)

・土屋くん (株式会社スペースキー 取締役)

・藤田くん (株式会社ネットプロテクションズ 取締役)

・中川くん (株式会社ブックオフ慶應 代表取締役社長)

・塚田くん (株式会社イー・マーキュリー 取締役)
 
 
 
 全員25~28歳と、まさに若飲みで、結局朝まで語らい始発で帰宅。

 昼に起床して昼食(朝食)。酒の後は『辛ラーメン』に限る。
 
 
 皆さん、お疲れ様でした。
 

2005年01月21日

●下町(したまち)

 日本は昔から他国の文化の影響を受けて発展してきた。古くは中国大陸や朝鮮半島、そして航海時代にはオランダをはじめとする欧州、開国後は欧米列強諸国、戦後は米国を中心とした生活文化からの影響が大きい。
 
 日本に限らず、どの国も他国からの影響を受けて今の文化があるので、歴史上どの時点で切り取ってもそれはそれで、その国の独自の文化と呼べると思う。

 
 日本人は独自性への固執というよりも集団への帰属を重視する国民性なので、新しい習慣や文化の浸透が早く、それが異文化を取り入れるのが上手と言われる所以なのだろう。
 
 それが鎖国による体制の遅れから列強諸国の一員にまで持ち上げた明治維新時の文明開化、戦後GHQ占領下から世界第2位の経済大国にまで持ち上げた経済成長の一因となっていると思う。
 
 しかし、いいもの新しいものをどんどん取り入れていくことは素晴らしいことだとは思うが、それによって独自のアイデンティティーというか根源にあるものを見失ってしまっては、取り入れたものはただのメッキとなるだけで、いつか剥がれ落ちてしまうのではないだろうか。
 
 日本人独自の礼や律儀を重んじる心や勤勉性が根源にあったからこそ戦後の復興は成し得たわけで、外から新しいものを取り入れただけでは違った結果になっていたかもしれない。
 
 ただ現状は、時の流れ、それに従って入ってくる新しいもの、これらによって昔から日本に残るいいものや伝統は忘れ去られていく傾向にあり、とても残念に思う。

 物質的寿命から古い建物や物が新しいものに置き換わっていくのは仕方ないが、何かこう言葉で表すのは難しいが根源となる文化や心が消えてしまうのは寂しい。
 
 最近また、日本の文化を見直そうという動きが少しずつさかんになりつつあるが、とても素晴らしいことだと思う。世界に誇れる日本の文化や心、そうしたものを日本人のアイデンティティーとして守りたいいものである。
 
 昨年、アメリカ滞在時に日本公開より先行して映画 『ラスト・サムライ』 を見た。当然、外国人が作ったものなので歴史の専門家からすると表現上のずれが存在するのかもしれないが、武士の精神文化や心が伝えるには十分な内容だったと思う。映画を見て、日本人としての誇りのようなものを感じた人は沢山いるのではないだろうか。
 
 昔ながらの祭りや下町の風景に心の安らぎを感じるのは、日本人のアイデンティティーがそうしているに違いない。
 
 
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 ~ 1日のできごと ~
 

 商談のため浅草へ。
 
 やはり浅草は下町風情が残っていて落ち着く。
 
 

 
 
 昼間からモツ煮込をつつきつつホッピーを飲むおっちゃん達。賑やかに通り過ぎてゆくちんどん屋。
 
 下町に住んで昼間からお酒を飲んで暮らす、前々からそんな生活に憧れていた。やはり浅草はいい。
 
 
 商談の後、せっかくなのでオフィスに戻る前に浅草で遅い昼食。
 
 

 
 浅草寺の離れの細い路地にある『翁そば』
 
 

 
 「鍋焼きうどん」(650円)、うーん下町の味
 
 
  
 昼食の後、地下鉄の駅に向かうため、飲み屋街を通り抜ける。ホッピーを飲みながら楽しそうなオッチャン達を横目に、鳥養氏と飲みに来た昨夏を思い出す。
 
  
 オフィスに戻るや否や、やること山積み・・・。
 
 しかしホッピーの光景が脳裏から離れず、鳥養氏に夜新橋へ飲みに行く約束を取り付ける。
 
 夜20時出発の約束。何がなんでも超高速でガンガン仕事をすすめる。
 
 セルフ・モチベートって大事だと思うが、ホッピーにモチベートされて高速で仕事こなす2人ってアル中かも・・・。
 
 
 そして夜―。
 
 バイトの高橋氏&佐合氏も同伴。
 
 

 
 一軒目、立ち飲み 
 
 

 
 二件目、おでん屋台
 
 

 
 三件目、銀座界隈の高架下
 
 

 
 遂に本命の「ホッピー」
 
 皆さん、今日も一日お疲れ様でした。
 

2005年01月03日

●マーケティング

 昨年、ペンシルバニア大学ウォートンスクールのテキスト売り場で『ベンチャー企業論』の教科書を買った。
 
 アメリカでは日本の何倍もの数のベンチャー企業が生まれており、ベンチャービジネスに関する事例やデータも豊富だ。

 その本の中で一番強く主張されていたのは、倒産したベンチャー企業の80%以上の失敗の主な要因が「マーケティング」にあるとのこと。
 
 世間一般的に事業の倒産というと、資金調達である「ファイナンス」面にスポットが当てられる傾向にあるが、それは自動車でいうとガソリンであり、問題は「どういう目的地にどのようにして、いかに速くたどり着くか」ということが重要になってくる。
 
 ガソリンが潤沢でも、進むべき方向が間違っていたり、たとえ方向が合っていたとしてもスピードが遅ければ目的地にたどり着く前に燃料切れになってしまう。つまりガソリンである資金を使って、さらに多くの利益をあげながら永続的に事業を行っていくことが企業体の目的なのだ。
 
 昨秋、尾関さんに借りた 『エスキモーが氷を買うとき』 という本は米国NBAなどのスポーツチーム経営を立て直したマーケティングの権威者が書いた本で、その中にいいことが書かれていた。
 
 「プロスポーツはお客さんからお金をもらっているのであって、つまりお客さんを楽しませるエンターテイメントでなければならない」ということ。 
 
 利益の源泉となるお客さんにどうやってチケットを買ってもらい、そして満足してもらい、リピーターになってもらうかが大切なことであって、そのための「動機づけ」となるマーケティング、そして、そのためのキーである選手のモチベーションをあげるためのマーケティングが重要。

 更には、将来的にいい選手に来てもらうために相手チームを設備や食事でもてなすなど他チーム選手へのマーケティング、また顧客視点に立ってお客さんが相手チームの選手を見たくてチケットを買うのであれば相手チームの選手をプロモーションしてチケットを買ってもらうといった型破りなマーケティングまで、色々な事例を交えて理論を展開している良書であった。
 
 こうした色々な施策も全ては、『いかにしてお客さんにファンになってもらい永続的に来てもらうか』ということが目的であり、マーケティングのゴールはそこにあると思う。
 
 最近の分かりやすい事例ではプロ野球の新庄選手。この人はファンを魅了させる真のプロスポーツ選手であると思う。彼のおかげで球場入場者数が劇的に増加して、チケット販売増収の日本ハムファイターズは新庄選手に5,000万円の特別ボーナスを支給したらしい。
 
 また、サッカーJリーグの浦和レッズは、従来「ファン」「応援団」と呼ばれた彼らを日本で初めて「サポーター」と名付け、3人一組のグループであればチーム公認の「サポーター」として登録できるシステムを作りこれがJリーグ最多の観客動員の大きな基礎となっている。2004年の収入はJ屈指の54億(うち入場料収入20億円)。
 
 『いかにしてお客さんにファンになってもらい永続的に来てもらうか』、マーケティングの方法に決まった形も正解もなく、そのことさえ忘れなければ立派なマーケティングと成り得るのだと思う。
 
 2005年、マーケティング頑張ろう。
 
 
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 と、黒川温泉の岩風呂につかりながら、そういうことを考えていた。
 
 

 
 
 黒川温泉は祖父母宅から車で40分くらいの距離にあるので昔からよく来ていた。昔は田舎にある普通の温泉地で今ほど有名ではなかったのに、それが今や日本屈指の温泉地となってしまった。
 
 その成功要因になったのがやはりマーケティングで、お客さんが何を求めて温泉地を訪れるかを考えて、そのニーズに応えた結果だと思う。
 
①俗世を離れた桃源郷ではないが、日常を忘れさせてくれる景観。黒川温泉は建物が全て古風なデザインに統一されていて、一つの世界を作り上げている。
 
②「せっかく来たので色々な温泉旅館のお風呂に入りたい」というニーズに応えるために、考案された 『入湯手形』 という制度。これで異なる3つの温泉旅館で入浴が可能。
 
 


 
 
 風呂に入ったのは 『山河』 という温泉旅館。
 
 ここで受けた意外なサービスが「遠くから来さったけん、お代はいいよ」と入浴料を無料にしてくれたこと。
 
 このサービスだけで、
 
①次に黒川温泉に来た時にはこの 『山河』 に泊まってしまう。
 
②嬉しかったのでクチコミしてしまう(このblogのように)。
 
 旅館からすれば地下から湧き出る温泉に無料で入浴させるくらい大したコストではないにも関わらず、「顧客の獲得」そして「宣伝」まで成功してしまったことになる。
 
 黒川温泉のマーケティング力、おそるべし。

  
 
 湯上がり後は 『味処なか』 で昼食。
 
 ここの「とんかつ定食」のとんかつは普通の店の3倍くらいある。が、湯上がりにとんかつを食べる気がしなかったので「なか六角弁当」(1900円)と共にビールを頂く。 
 
 

 
 「なか六角弁当」(うなぎ御飯/馬刺し/天ぷら/鮎塩焼き/だご汁)
 
 
 
 帰宅後、祖父が猟で獲ってきた猪(いのしし)でシシ鍋、そしてまたもやビール。田舎に住むと美食家になってしまいそうな気がする。
 
 夜23:59大分港発のフェリーで横浜へ。
 
 また祖父母に曾孫を見せに来たいと思う。

 しかし、本当の目的は美味しい食べ物ですが。
 

2005年01月02日

●職人(しょくにん)

世の中には「職人さん」と呼ばれている方々がたくさんいる。

たくさん、と言っても伝統や技術を受け継ぐ(受け継ぎたいと考える)若い人の減少や、商業的大量生産の流れによって、職人さんの数は減っているらしい。

でも人間は “温かみを感じる力” を持っているようで、家具や服にしても職人さんが作ってくれたものの方が温かみを感じるし、自動車やバイクにしても今の大量生産のものよりも20世紀前半の職人造りのものの方が温かみが感じられるのではないだろうか。

おそらくこれは職人さんが作ったものの方が、作っていく過程や時間、その過程での苦労や想いが感じられるからだと思う。人間が機械的なものより人間的なものの方にやすらぎや情といったものを感じるのは、人間には「物から想いを感じとる力」があるのかもしれない。
 
そういうものを作り出せる職人さんは物に魂を込める力を持っていて、技術だけでなくその心は尊敬に値する。
 
職人さんの技術そして心が未来にも受け継がれ、人々に感動を与えて欲しい、そう思う。
 
 
 
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新年第2日目は、朝食に阿蘇山のふもと、昔から行きつけの『文吾うどん』へ。
 
 

 
コシがあるうどん、と言うと世の人々は讃岐うどんをイメージすると思うが、『文吾うどん』の麺は讃岐うどんのようにカタくなく、コシがあるのに驚くほどやわらかい。
 
食べるた人は「なんでこんなにコシがあるのに、こんなにやわらかいの?」と思うに違いない、まさに職人の成せる技。
 
とりあえず、純粋に麺を味わうため「釜揚げうどん」(500円)を頂き、麺のコシを堪能した後はダシを味わうべく「とろろこぶうどん」(400円)で締めくくり。
 
 

昼に伯父伯母も店に行ったらしく、店の方から「今朝、あんたとこの人が来ちょって、うどん2杯も食べていきさったよ」と言われたらしい。田舎のクチコミュニティー恐るべし・・・。
 
 
食後は『出会いの湯』へ行き、湯の中でくつろぐ。2日連続。
 

2005年01月01日

●正月(しょうがつ)

 新しい年の始まり。世界各地で新年の訪れが祝われるのは素晴らしいことだと思う。でも世界には貧困や紛争で苦しんでいる人々がたくさんいる。世界中の人々にとって2005年がいい年になることを願ってやまない。
 
 世界の一員として人々の幸福に少しでも貢献できる一年にしたいと思う。

 
 新年の初日は二日酔いに始まり、祖母の手製の蕎麦(年越し蕎麦の残り)で朝食。柚子胡椒(こちらも祖母の手作り)を入れて食べるのが最高に美味しいのです。
 
 
 午後から親戚の一人が管理する宮城温泉「出会いの湯」へ。周りに何もない山あいの川の傍に湧き出る天然温泉。100年以上前に川の中で温泉が湧き出ていたところを、2003年に掘削に挑戦して掘り当てたらしい。
 
 国によるダム建設計画で反対活動を長引かせて土地の値段を釣上げた後に、要らない土地を高額で買い上げてもらい、売却条件として温泉の掘削および設備の建設費まで出してもらったという交渉力。やはり田舎の人は強い。
 
 
 夜は二日酔いを三日酔いにつなげるべく、またもやお酒の時間。
 
 田舎料理に舌鼓を打ちながら至福のひと時。
 
 今年も一年頑張ります。